クリエイティブとテクノロジーとポエティック

School For Poetic Computation の2014年度秋期へ参加させてもらえることになった。会社を辞めて、フリーになってから少しの間色んなチームで働かせもらって、仕事を通して学ぶことはやっぱり偉大だったけども、SFPCなら今敢えて学生をやる価値があるし、やるのは今が一番だと思う。

参加するにあたってとりあえず決めていることは、プログラミングの新しいスキルを学んでくるというより、自分が今までなんとなくやってきたテクノロジーと物語の関係をより深く理解してくること。自分が今まで名乗ってきた"クリエイティブテクノロジスト"として何ができるかを常に意識する2ヶ月半にすること。

肩書きがなんであれ、今まで仕事上、"企画も制作もちょっとずつできる人"みたいな立ち位置だった。テクノロジーを使った企画のアイディア出しや、企画チームと制作チームの橋渡し役だったり、動くプロトタイプを使ってアイディアを提案したり、検証したりとか。実際は色んなタイプのプロジェクトにいれてもらってきて、毎回これを欠かさずにできてきたわけではないけど、自分の主な存在意義はこの辺だったはず。ただ、ちょこっとプログラミングができて、ちょこっと企画もできるというのは、裏を返すとどっちも専門ではないということで、仕事やワークショップで堂々とプログラマーと名乗れる人達に出会うと、自分の中途半端さに未だに毎回へこむ。

一方で、テクノロジーは「すごい」んだけど、それを「面白い」ものにしようとすると、技術も企画も両方同時に考える必要があって、ただ技術を丸ごとデモンストレーションしただけだと「なんかすごいっぽいけどなんなの」なかんじになってしまう。でも、そのテクノロジー"らしさ"や文化が、うまく伝えたいお話に結びつくと、すごく時代を感じるよいものができて、人はそれに対して笑ったり感動したりするんだと思う。だから、自分は「すごい」より「面白い」と言うのも言ってもらうのも好きだし、それを目標にすることでそこに自分なりの価値があるのかなあと思っていた。そこで、SFPCの掲げる、"no demo, more poetry"という言葉を知ったときは自分の状況に重ねられる部分が大きかった。

当然SFPCは広告の学校ではなくて、先生たちはアートの文脈にいるし、この言葉の本当の意味はたぶんこれから2ヶ月半を通して考えていくんだろうけど。ただ、クリエイティブテクノロジストだろうが、プログラマーだろうが、アーティストだろうが、テクノロジーをどういう物語に結びつけるか、それを手を動かしながら試行錯誤するにあたってはSFPCは今一番面白そうな場所だと思う。


追記:と、ここまで飛行機でメモ書いて、授業が始まってブログを作った今追記すると、SFPCでは想像以上に技術的にもコンセプト的にもローレベルに踏み込めそう(とても楽しみ)。あと、授業初っぱなからCreative Coderって、CoderはみんなCreativeなんだからその名称おかしいよね、みたいな会話があって、早速Creative Technologistと名乗るのが恥ずかしいかんじになった。とはいえ、自分にとってこの肩書きは、その人がクリエイティブかどうかというより、単にチームでどういう立ち位置だったのかの話なので、今後もそこは気を付けて区別しておこうと思った。

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